嵌まった店

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 「矢張り、防犯対策をきちんとした方が上策でしょうな」  骨董屋"れとろ"の店内は一枚の手紙に騒然となる。 "今宵、貴店の高価な骨董品「白鯨」を頂きに参上致す。百鬼面相" 多重面相と名乗る窃盗犯が"れとろ"の"白鯨"を狙って現れると言うのだから、店主はおろか"れとろ"をお気に入りの店にしている常連客"津雲上古五朗(つくもがみ こごろう)"も黙ってはいられない。  「防犯対策ですか?」  「このご時世に今更な気がしますが、れとろには防犯カメラやセンサーと言ったセキュリティーがありません。窃盗犯からすると、品物を盗みたい放題の環境ですよ」  「確かにそうかも知れませんね津雲上さん"白鯨"はハーマン・メルヴィル著の冒険小説に登場した捕鯨船を忠実に再現したボトルシップです。小型ではありますがモビーディックも入れてあります。世界に一つしかない逸品だ」  れとろは小説に登場した物品を模型化して販売する一風変わった骨董屋で、普通の創作に飽きた職人と取り引きしており、読書好きな客もよく訪れる。  「そうですよ。それから、セキュリティーはもう少し厳重に敷いた方が良いでしょう」  「仰られたのでは、不充分ですかな?」  「学生の万引きを相手にするのとは、訳が違いますよ店長。相手はあの百鬼面相でよ、防犯カメラとセンサーで対応出来るなら既に捕まっていてもおかしくはない」  同時に騒ぎになっていても不思議ではない。ただのこそ泥が逮捕されただけでも国をあげての騒動になるのに、稀代の怪盗百鬼面相が逮捕されたとなると報せがもたらす波及はその非ではない。  「ではどうすれば?」  「網膜センサーと、指紋認証センサーを店の入り口に取り付けましょう。網膜と指紋が一致しなければ夜中に店に入ることは不可能ですから」  「それでも破られたら?」  「赤外線レーザーを店内に張り巡らせて下さい、少しでも体が触れたら即座に反応して、警察が駆け付けます」  「それだけの防犯機能を、電子の要塞みたく取り付けるとなるとこちらとしては費用がバカにならないよように思うが......」  店長は回答を渋った。
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