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その女性は、僕がよく行くカフェで働いている。
僕が彼女について知っている事は4つ。
一つは彼女の名前。
J・クレッジェという名前。
最初はペンネームか何かだと思っていたけど、どうやらそれが本名らしい。
一つは彼女の勤務終わりの時間。
僕が店を出るのと殆ど同じタイミングでかち合わせることがあって、それで覚えていた。
一つは彼女の淹れる紅茶が、他のどの店員が淹れるそれよりも美味しく感じる。
これは僕だけが思っていることだと思っていたけど、どうやら彼女の淹れる紅茶は人気らしく、彼女の紅茶とクッキー目当てに通っている客も居るらしい。
一つは客に人気があると言う事。
端麗な容姿は言うまでもなく、使い慣れていない敬語、一生懸命に仕事をこなしている姿がいいのだとか。
彼女の容姿は目を引く所があるのは確かだ。
燃えるような真紅の髪に、夕日を映したかのようなオレンジの鋭い目、頬に大きな刺青のようなモノがあることを差し引いても充分に綺麗な容姿をしていることは間違いない。
僕が彼女について知っているのは精々これだけ。
店に行っても注文以外は話さないし、頼んだ物を持ってきても特に何も話さない。
別に彼女と話す事が目的じゃないからそれで良いんだけど、ただ、心の何処かでは漠然と「話してみたい」だなんて思わなくもない。
気が付いたら目で追っているだけとか、ストーカーみたいで気持ち悪いし。
何なら、話してみる方がよっぽど清々しいでしょ。
そんな事を思っていた僕に突然の好機が来たのは、ある昼下がりのことだった。
―― ――
その日は一日中快晴で、とても暖かい日だった。
僕はいつものように「プチカフェ スイートピー」という店で午後のティータイムを満喫していた。
「お待たせしました。
モンブランとアッサムのストレートティーです。
では、ごゆっくり」
微笑を浮かべ――だけど口調は抑揚が無く淡々としている――、彼女――J・クレッジェは会釈をした後で他のテーブルへ注文を取りに行った。
その様子を見送って、僕は今し方届いたケーキと紅茶に舌鼓を打つ。
その時、カシャーン、と言う硝子が割れる甲高い音が店内に響いた。
「あっ、つ――っ!」
硝子音と同時に彼女の叫び声を抑えた様な声が聞こえた。
その音に吃驚して振り返ってみると、彼女が程度の低いヤンキーに絡まれてそれに抵抗している。
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