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「え・・・・・・っと、紅茶、すみません。今すぐに淹れ直して――」
「あんた、火傷してなかった?早く手当てした方が良いんじゃないの?
興ざめしたし、僕はもう帰るから」
「あっ、はい・・・・・・」
その日はそれだけを言うと、僕は会計を済ませて店を出た。
その時、店長に「ウチの看板娘を助けて貰ったから」とクッキーのお詫びを貰い、今日の会計も殆ど無料にしてくれた。
―― ――
「――ご注文は以上で宜しいでしょうか?」
「うん」
「少々お待ち下さい」
あれから、数日が経った。
数日前の事は既に気にしていない様で彼女はまた、淡々とした口調で注文を取っていた。
あの日から特に何も話していない。
こっちから話を掛けることも、向こうから話を掛けてくる事も無い。
ただ、本当に何事も無かったみたいに以前と変わらず距離を取ったような定型文を交わす。
――けど、この日は違った。
彼女は直ぐに別の所に行こうとはしなかった。
「・・・・・・?どうしたの?」
じっとこっちを見て何も言わない彼女に話し掛ける。
軈て彼女は躊躇うように口を開いた。
「あの、この後時間があったら・・・・・・店の裏の方で待っててくれないか・・・・・・でしょうか」
「うん、解った」
テンパったのか、言葉がおかしくなったのは気にしないことにする。
それよりも僕は、彼女の方からそんな誘いをしてくるとは夢にも思ってなかったから、思わず即答でOKしてしまった。
すると、彼女は安心したかのような表情を浮かべてニッコリと笑顔を見せる。
微笑、じゃなくて笑顔、の方だ。
初めて見た笑顔に不覚にも心臓がギュッと締められるような感覚を覚える。
ドク、ドク、ドクと、普通の動悸じゃない、甘ったるい動悸がする。
この日ばかりは紅茶も好物のロールケーキもまるで味がしないくらい緊張して、頭が殆ど働いていなかった。
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