猫になりたい

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「箱に入れておくとか、クリップで留めておくとかしたら? 科目分けするほどの量でもないけど、せめて月別にしてあげるとか」 その辺に転がっていたクリップでまとめ出す私に、彼は小さく口笛を吹いた。 「助かるよ。事務仕事はどうしても苦手でさ」 素直に受け止めることも誇ることもできない私の呼吸を、その口笛は容易くする。 「本職だもんな」 銀行での仕事帰りに彼の家に寄った私は、地味なスーツ姿だ。平日毎日着用するスーツは、ブラック、ネイビー、グレーの3色のみ。 私が、毎日自由な服装をしていたのなんて、女子大時代の4年間しかなかったということになる。それだって、周囲から浮かないことが至上命題だった。 対して彼は、モノトーンしか身にまとわないのに自由だ。気に入りのバンドTシャツ、“先生”をする日に着る洒落っ気のあるホワイトシャツ、アーティストの後ろにつくときの畏まったブラックジャケット。 テイストは様々なのに、不思議なほどしっくりくるものを選ぶ。彼は本当に、自分をよく知っている。 「何か手伝う?」 気乗りしないくせに、そんなことを言う。
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