風変わりな来客

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ここはとある田舎街の隅にある喫茶店はぐるま。 私、白浪奇子(しらなみきこ)のお気に入りのお店。 この建物は明治時代からあるもので、元は宿屋だったらしい。半年程前、不思議を求めてふらっと入ったのがこのお店。 普段見ないお客さんが、鍵と謎が書いてあるメモを忘れて帰り、そのメモの謎を解いてとあるドアの前にたどり着いて鍵を開けると……なんてありもしないような妄想に浸るのが、私のここでの過ごし方。 でも今はそれどころではない。 気分転換に窓際のテーブル席に座り、ノートとテキストを見てため息をついた。 「順調?では無さそうだな。諦めたらどうだ?」 はぐるまのマスターである海野さんが、エスプレッソを置いてノートを見るとそう言った。 海野さんは40半ばの男性で、髪はワックスでお洒落に遊ばせているように見えるけど、実は寝癖と少し残念な人。 本人いわく、「お洒落に見えるからお得な寝癖なんだよ」だそうで。 お客さんではなく自分のためにこの店を経営し、気に入らないお客さんは「オレルール適用外だ」とわけの分からない理由で追い出したりもする。 「嫌です!父と似た筆跡なんて。それに私の字って読める人は読めるんですけど読めない人は本当に読めないんで……」 私が広げているのは美文字テキスト。 私の字はそんなに綺麗ではない上に、父と似ているらしい。それが嫌で、こうしてテキストで練習はしているけど……。 「はぁ……テキストに書いた時はちゃんと書けるんですけど、ノートとかに書くと戻っちゃうんですよね……」 「きっとお父さんがそう望んでるのかもな?俺を忘れるなってな」 「尚更嫌です」 「そこまでやってなおらないんだからきっとそうさ。ま、諦めつくまで頑張んな」 海野さんはそう言ってカウンター席へ座ると、煙草を吸い始める。この人は本当に自由だ。 ノートに書いてある父と似てると言われた文字を見て、再びため息をつく。 私の父は小説家だったらしい。私が産まれたその日に、私の「奇子」という名前を残してどこかへ行ってしまったという。 『好奇心を大事にする子供になってほしい』という意味が込められていると母から聞いた。 写真すら見たことの無い父にとことん反抗して、国語は不真面目に取り組み、本は読まない。でも好奇心だけは抑えられないでいて、自らの好奇心を恨んだりもする。
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