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父は写真嫌いだったらしく、唯一写っていた結婚式の写真は父と共に消えてしまったという。
会ったこともない父の事を考えているとドアのベルが来客を知らせたのでそちらを見ると、平成のこの時代に似つかわしくない男性がいた。
書生さんの様な服装に黒いボサボサの髪の毛。前髪が長く、目が隠れている。
「マスター、エスプレッソをひとつ」
カウンターで煙草をふかしている海野さんに声をかけると、書生さんは私の向かいの席に座った。
「あの、他の席空いてますけど……」
「まぁそう固いことを言いなさんな、娘っ子。必然的でも偶然的でも出会いは大事にするモノさね」
書生さんはそう言ってイシシと妙な笑い方をする。
言ってる事がよく分からない。
とりあえずノートとテキストをたたんでテーブルの端に寄せた。相手が無礼だからといってこちらも無礼な態度を取るのは気が引けたからだ。
「お待たせ致しました、エスプレッソです。お客様当店は初めてですよね?ここは巡り喫茶はぐるま。この建物は明治時代から存在しております。昔は宿屋として多くの人間に愛されてきました。そして当店のマスターである私海野は八百万信者でございます。何が言いたいのかというと、このお店には大勢の神様がいてテーブル、椅子、照明、メニュー表、そしてこの珈琲カップにも神様が宿っている大事な物ですので、傷つけたり破損させたりした場合は、敵とみなし容赦しねェ。それがこの店と俺のルールだ」
海野さんは珈琲を出すと同時に、長々と店の説明と威嚇をした。私も初めて来た時言われたっけ……。
「ほうほう、マスターがこの店を大事にしてるのはよぉく分かった。所で質問いいかね?」
「なんだ?」
「巡り喫茶、というのは?」
「八百万の神々は、大事にされたものに宿ると聞く。この建物はさっきも言った通り、明治から大事にされてるからきっと神がいる。その神様はどうも人を巡り会わせるのがお好きな様でな」
「なるほどなるほど。もう一つ質問いいかね?」
海野さんは面倒と言わんばかりの態度で渋々承諾した。
「……なんだ?」
「これ、一応客なんだが敬語は何処へ?」
書生さんは自分を指差して言う。
「オレルールだ」
海野さんはドヤ顔で言う。つくづく自由だ。
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