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父とは学生結婚だったという母は早くに亡くなっていて、再婚話が持ち上がるのは今回が初めてじゃない。数年前もそうだ。そのとき一度決まりかけた話はお流れになっていて、その後再婚に関する話はお互いに避けてきたところがあるから、立ち直って、しかもこんなに行動的になっているのなら、それはいいことに違いなかった。
どうせ俺大学進学したら家出るつもりだし。ここは思い切り協力しておいたほうがそのとき交渉に有利だろうし。相手の子供も男だっていうなら、まあ。
そんなわけで特に異論を唱えることもせず、淡々と引っ越し後のかたづけを終えた新居に無事先方の母子はやってきた。
「那智くんね。――よろしくお願いします」
母親のゆかはそう言って頭を下げる。ゆるくくせのある髪で顔が完全に隠れるほど深々と。
「よろしくお願いします」
那智も同じように頭を下げると、緊張がほどけたのか、ゆかが一拍置いてから力の抜けた様子でふふっと微笑った。少女のようなその顔にほっとして、那智は自分も緊張していたことに気づかされる。
――よさげな人じゃん。
義理とはいえ子供になるのだからと、いきなりタメ語で話したりしないところが好ましかった。人間関係の失敗の多くは相手の望まない距離感でがんがんつっこんで来ることで起きると那智は思っているから、その点、充分うまくやる余地はありそうだ。
だ、が。
見ないようにしよう、と思いつつ視線がどうしてもゆかの隣に向かってしまう。
「ええと、それで――」
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