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 四歳になる一人娘を車で幼稚園に送り届けた後は、カフェで事務所からの連絡をチェックしたりネットで買い物をしたりする。それがわたしの日課で、その日もわたしはいつもの一人掛けソファに身を沈め、タブレットをひらいていた。  何件か入っていた仕事は、いずれもとるにたらないものだった。  化粧品のプロモーション対談、深夜のテレビショッピングの出演、その他。 「女優 豊川まりんさんも愛用!」「美肌のひけつはこれたったの一本!」  リリースを見なくても安っぽいキャッチコピーが想像できる。わたしが最後にカメラの前で演技をしたのはもう六年も前のことで、女優という肩書を目にするたび、ほんの少し体の力がぬける。  かつてはメインの流れにいたが、今ではこげつかないフライパンに目を輝かせ驚きの声をあげ、使ってもないオールインワン美容液の素晴らしさを話す。昔のわたしが見たら絶望でしかない。そんな自分のキャリアについて、今のわたしはなんの感想ももっていない。  結婚し子どものいる今は、何もかもこれで十分なのだ。わたしは女優として成功する器ではないと、もっと早い段階でわかっていた。事務所に承諾のメッセージをいれる。すべてが済むのに五分もかからない。  仕事の日のシッターを手配してから、フェイスブックのリンクでニュースサイトにはいる。  交通事故、火災、事件、虐待、災害。弱い者たちが理不尽に遭遇するたくさんの暴力と死。見なければ平穏に過ごせるのに、わたしはつい子ども関連のニュースに深入りしてしまう。  今日も世界は悲劇であふれている。遠いどこかの国で女の子たちが集団で誘拐されている。彼女たちは今どうしているのだろうか? 食事は与えられている? 寝る場所は? 考えるだけで涙がにじんでくる。  かわいそうな難民のこどものビジュアルを使っている支援団体に少額の寄付をして、わたしはなんとか心を落ち着かせた。  それから、気持ちを切り替えて家族のための買い物をする。終わらせてしまえば、自分の時間だ。自分のためだけに、ほんのちょっと贅沢なものを買う。  今日は以前より狙っていたオーガニックのリネンシーツがお得になっていたので思いきってまとめ買いした。そして純度の高いローズウォーター。わたしは今化粧水を自分用に作ることに凝っていて、ついついウェブに長居してしまう。
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