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「すみません」  夢中になってサーチしているところ、急に話しかけられ、わたしは顔をあげた。 「これ、手をつけていないんで、もらっていただけませんか」  わたしは差しだされた皿を見、それにそえられた指を見、声の主を見た。  誰かが隣に座っていたことに、わたしはまったく気づかなかった。男は空席が多いにもかかわらず、いつの間にかわたしの隣のテーブルにつき、魔法使いのように皿をさしだす。  クリーム色の皿の上にはりんごのタルトがのっていて、その骨ばった指は白く細く、滑らかに伸びた優美な腕の先、完璧なシャツの腕の先で、男は静かに微笑んでいた。  それは今までに見たことがない種類の、融通のきかない美しさだった。  確固たる、不動の、年をとると深みをましていくものとは対極の、何かきっかけがあれば一瞬で崩れ去るような儚さ。華奢な首にのった顔は小さく、大きな瞳はどこか昏く半眼で、繊細な鼻梁は寂しそうなのに、口元は優しく甘くほころんでいる。  モデル? 俳優? いや、職業としての美貌にしては、カメラがそれをうつしとるのは困難だ。写真にすればそれは平凡な薄っぺらいものとなってしまう。現実世界にはそういうたぐいの繊細な美しさのかたちがある。 「つい頼んでしまったんです。でも、そもそも甘いものが好きではなくて」  不思議な笑みだった。控えめなわりに、強引だ。  わたしは知らない人間とはめったに口をきかない。声をかけられたとしても平気で聞こえなかったふりをするし、やんわりと無言で拒絶するのが習慣だった。しかし、気づけば口を開いていた。 「甘いものが好きじゃない? それなのにオーダーを?」 「そうです。好きじゃないのに、つい、なぜか」  眉を寄せ肩をすくめ、「つい」という言葉を強調する様子に、思わずくすっと笑ってしまう。
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