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「あの……豊川さんですよね、ぼくはあなたと同じ高校に通っていました。後輩です」
男はためらいがちにわたしの芸能活動をする時の名前と、出身高校を言った。わたしは頭を切りかえ、営業用の微笑みで保科と名乗った男に身体を向けた。
男の話からすると、年齢は三十かそれよりは上のようだった。それにしては疲れもくすみもない透明感のある肌に、わたしは羨望の目を向けざるをえない。何をすればこんな美しさを保てるのだろうか。何か秘訣があるならば、魂を半分くらい売ってもいいとすら、思う。
すでにわたしは彼に好意をもってしまっていたので、それからのおしゃべりはとても楽しいものだった。わたしたちは昔の記憶をたぐり、初対面の者が皆そうするように、知っているかぎりの共通のものをさぐりさぐり開示しあった。たとえばある教師の口癖だとか、当時のイベントだとか、出来事とか、そんなささいなことを。
そうやって話しながらも、わたしたちは巧妙にある話題は避けた。なぜならわたしは彼が誰であるかに気がついたからだった。直接会ったことはなくても、彼がわたしをすでに知っていたように、わたしも彼を知っていた。そしてわたしが彼に気づいたことを、彼も気づき始めている。
あれが運命の分岐点だった。巻きこまれたといっていい。あんなことがマスコミに出なければ、清純なイメージで売っていたわたしのキャリアも、あと何年かは延命したかもしれない。
しかし、わたしの出身高校でおこった集団暴行事件、著名人の子どもたちが一人の美しい同級生を校内でレイプした――それが明るみになって、火は放たれた。
その燃えさかる炎は、わたしのところまできて、わたし自身も延焼をまぬがれることはできなかった。事件をきっかけに同じ高校の出身だというだけで、様々な憶測をされ事実や事実ではないいろんなことを書きたてられた。その結果、CMや映画の仕事がなくなった。
もともと実力がなかったといえばそれまでだが、そこからわたしは運に見放され、今にいたる。大きく受けた打撃からリカバリーすることはできず、今は三流タレントとして薄っぺらい笑顔を金にかえている。
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