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「ずけずけ物言いやがって。覚えてるか? 俺、いつもお前にきいてただろ?」
あんたはいつも、帰りたがっていたじゃないか。わたしが一番続いてほしかった時間が早く終わることをあんたは願っていた。意味もなく「PAUSE」させておきながら、一度だってわたしの方を振り返ることはなかった。
ベンチの女性は文庫本を閉じて立ち上がった。消えかかった黄色い線まで近づき、線路の遥か先を眺める。上りの電車がもうすぐ現れると言わんばかりに。
明は壁に貼り付けてある時計を見上げた。
「あと、どれくらいだろうな」
心配するな。あと、もう少しだ。
以前なら平気な顔で口にしていた返答は、明の横顔を前にして止まった。
あの頃と同じ、寂しげな顔であいつは言ったのだ。違うのは今思えば申し訳程度にはあった可愛げがほとんどないことと、つぶやく声が記憶のそれと比べてずいぶん低いこと、そして、
――ここにいられるのは。
あいつが、そう付け足したことだ。
「森本?」
やばい。この男。マザコンのくせにマザコンのくせにマザコンのくせに、最後の最後で逆転ホームランを打ちあげたよ。どうしてくれるんだ。電源を切ろうとした寸前にスタートボタンを押しやがって。勝手に再開されちゃったじゃないか。
なんでもない、とわたしは顔をのぞきこむ明に答えた。
「あと、もう少しだよ」
その少しの時間を、あんたも惜しんでくれた? わたしが感じた十分の一でも、寂しいと思ってくれた? 今さら訊ねるわけにもいかなかった。わたしはとても意地っ張りな子供だから。
かわりに強く、強く、あの頃よりも強く願った。
ここに向かっている電車よ、わたしがスタートボタンを押すまで「PAUSE」してて下さいお願いします。
あと、もう少しだけ。
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