あと、もう少しだけ

3/7
前へ
/7ページ
次へ
「またな、ちーちゃん」  明は帰る時、いつもそう言った。どんな顔して言ったのかは、わからずじまいだ。  わたしは結局、一度もあいつを見送ったことはなかった。部屋に放置されたまま、画面と同じく「PAUSE」していた。  明が帰ってしばらくしてから、ゲーム機の電源を切った。再開されることなく硬直していた画面がぷつりと消えて真っ暗になる。  余韻に浸ることもなく手早く部屋をかたづけて、寝る。明日には何食わない顔でやってくる明を迎え入れる――それがいつものパターンだった。  でも、時間の経過と共に、少しずつ変化は訪れた。  まずわたしの呼称が「ちーちゃん」が「千鶴」に変わった頃、あいつは一人で留守番するようになった。さらに「千鶴」ではなく「森本」と苗字で呼ぶようになった頃には、夕食を一緒に食べることさえなくなっていた。  それでもって今度は、転校もとい引っ越し、だ。わたしが少しスタートボタンを押せない間に、あいつはどんどん進んでいく。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加