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あと、もう少しだけ
瀬川明が転校する。
その事実をわたしが知ったのは、本人の口からではなく、友人の噂話からだった。
「卒業したら東京に行くんだって」
それは転校とは言わないぞ、友よ。
ツッコミの言葉はサイダーと一緒に喉の奥へ流し込んだ。
しかしまあ、恵理子がそう言うのも無理はない。中学校を卒業した生徒のほぼ全員が東と西とに二分され、二つしかない高校のどちらかへ入学するような地域だ。東京の学校で勉強なんて、留学に等しい。行くとしてもせいぜい大学からだ。高校からというのは滅多にない。
つまりあの男は、この地域で生を受けた以上たどるべき道からそれて、一人都会に行くのだ。
正確には二人か。あいつ、母子家庭だから。
「千鶴は聞いてなかったの?」
確認する恵理子の口調は責めているようだった。理不尽さに少し苛立った。
「なんでわたしがいちいちクラスメイトの進路まで把握しなきゃならないのよ」
瀬川明が東京へ行こうがアメリカへ行こうが関係ない。わたしは、奴の兄弟でも家族でも恋人でもないのだ。
「だって」
恵理子は唇を尖らせた。
「あんたお隣さんじゃん」
わたしは中身を飲み干した空き缶を、公園の隅にあったごみ箱に放り込んだ。ガシャン、とお世辞にも心地よいとは言えない音が、やけに大きく聞こえた。
「だから?」
お隣さんで昔は風呂にも一緒に入った仲です。血のつながりは全くありませんでしたが、ぶっちゃけ家族同然でした。
それが、どうかしましたか?
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