あるルポライターの手記

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 その地へ赴いた私をまず圧倒したのは、前述の絶壁であった。事前の調査で周りの地形を理解していたつもりであったし、それなりにそういう場所へいったという経験からある程度の覚悟をしているつもりではいた。だがそこは理解と想像とを遙かに超えた場所であった。  私と、そして私に同行するカメラマンは、事前に連絡してあった崖の上の地点で、現地のガイドをつとめるユ・リィという青年と合流した。彼は精悍な肉体と端整な顔立ちをしており、人懐っこい笑顔と片言の英語で私たちを歓迎した。  そして、私たちはパラシュートで降下した。と、ひとことで説明したが、上空から降下するスカイダイビングと崖の上から降下するベースジャンピングとでは、後者のほうにより危険がある。なにしろ高度が上空よりも低いため、ジャンパーは落下がはじまると迅速に姿勢を正し、迅速にパラシュートを開く必要があるのだ。その猶予はスカイダイビングよりひどく短い。熟練のジャンパーですら、パラシュートの不具合やちょっとしたミスで死亡する例が少なくない。  恥ずかしいことだが、私はどうジャンプしたのかまったく覚えていない。あまりの恐怖で、落下直後からの記憶を失ってしまったのだ。しかし生きているので、おそらくきちんと姿勢を整え、きちんとパラシュートを開くことができたのだろう。人間の無意識はときに限界を超えるのだ。     
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