あるルポライターの手記

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 宴の席で、私たちはその地の民たちから「天使」についての情報を集めた。だがこの地でも「天使」についての話は、以前きいた噂と同様、具体性に欠けていた。民たちがその神聖さを隠そうとしているのか、それとも彼らにすら「天使」の実体がわからないのか。どちらかはわからなかった。  結局噂以上の話は聞けず、翌朝「天使」との会談の許しがでた。  「天使」の住まう場所はその地の奥の奥にあり、普段は「天使」とその世話をする巫女数名のみが暮らす神殿だった。  神殿からやってきた巫女は他の民とは違う異様ないでたちをしていた。長い袖のゆったりした上衣は日本の巫女の着る千早にも似ていたが、その下は首から手の先、足の先までぴったりと体に合わせた布を纏っている。それは顔も同様で、彼女たちはみな、ニカーブのような形の布をすっぽりとかぶって目だけを出していた。そして、その衣服のすべては糸一本ものこさず白く、それがいっそうの異様さと神聖さとを演出しているようだった。  巫女とユ・リィの案内で奥へいく道を進んでいくと、鳥居のような、トーテムポールのような建造物が規則正しく立っていた。その棒のような建造物を七つ通ると、そこが「天使」の暮らす神殿だ。  集落の家とは違い、神殿は石造りになっており、外壁には朱の顔料で不思議な文様が縦横無尽に描かれていた。その文様は規則性が全くなく、左右も上下も非対称で、丸いものや四角いものが不連続に並んでいる。しかし不思議と、それはなにかの法則にしたがって不揃いになっているのだと私は感じた。なにかの、呪術的な意味があるのかもしれない。  石造りの門をくぐり、同じく石造りでできた通路の中を、巫女がもつ小さな火の明かりを頼りに歩く。暗闇の中に、真っ白い巫女の姿だけが浮かぶ。  歩き始めて十分ほどが経ったとき、ぽたりぽたりとしずくの音がきこえて、私はそこが巨大な鍾乳洞であると気がついた。あの石造りの神殿…と私が思っていたものは単なる入り口で、その中にあるこの鍾乳洞こそがまことの神殿だったのである。
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