8日経ったで

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「な、何?」  甘い味が口いっぱいに広がって、歩は我に返った。 「前借りや」 「ホンマ、可愛い…たまらん、別嬪さん」  隼人の指は歩の顎から頬に移り、ポコッと膨らんだ飴の部分を愛おしそうに撫でた。隼人はポケットを探り、手品の様にまた飴を取り出し、親指と人差し指で摘まんだ飴を、窓の光に翳す。 「やっぱり似てるわ」  頬を撫でられ呆然としている歩の横に、飴を並べる。 「ふーちゃんの眼に、よお似てる」  隼人は目を細め、歩の瞳と黄金色の飴を交互に見た。 「食べる時気付いてん。ピカピカで澄んでて宝もんみたいや。見てて見飽きへん。いや結局は、食べてまうねんけどな。美味いし大好きやし」  (似てる 好き 食べる……)  かち合わない言葉が、歩の頭の中を跳ね回る。  急に隼人に触れられ、意味不明な事を言われ、心臓が暴れてる。飴の薬が全く効かない。 「あ、そうや。俺から、一つ質問してええ?」 「は……はい」  冷静を装って、歩は返事した。 「ずっと思ててんけどふーちゃんて、何でずっと丁寧語なん?それは、ふーちゃんの俺で言う方言なん?」 「丁寧語……」  自分の中では当たり前になりすぎてて、隼人にツッコミを受けるまで、そうだったことも忘れていた。  丁寧語=ですます口調は歩なりの、処世術だ。 ――高校に入って、暗に告られないにしても取り巻きが群れをなし始めた。  たまたま少し抜きん出て、仲良くなった人が居た。  その時、一人だけ親近感を持ってタメ語で接したら、陰で揉めているのを見てしまい、心を痛めた。  誰かはこの言葉、誰かはあの言葉、になると諍いが起こるのなら……それならばいっそ、当たり障りなく全員同じにしていた方が、上手くいくんだろうと肌で感じた。  そんな、少し自惚れた動機だから、隼人風だと『いちびっている』とでも言われそうだと覚えたての関西弁を脳内で復習し、本当の理由は口にしなかった。 「……そうです。これは、隼人君と同じ。直らない僕の、方言です」 「そうなんや」  隼人はそれ以上聞いては来なかった。 「そしたらさ、勝負せえへん?」  横顔を夕陽に照らされながら、隼人は歩に告げてきた。 「何を、ですか?」 「俺のこの言葉と、ふーちゃんのその言葉。一緒におって、うつった方の、負け」  隼人は「勝負や!」と叫んで、飴で膨らんだ歩の頬をつついた。 「へ?」 「負けたら、勝った方の言う事聞くねん」 「言う事を?」 「……絶対、やで」  唯一夕陽に負けず染まりはしてない隼人の漆黒の瞳で、歩は見つめられた。 「ま、負けません!」  隼人の言う黄金色の瞳を煌めかせ、歩は言い返す。 (僕だって、昨日や今日、思い付きで使い始めた訳じゃない!)  自分でもたまに思う頑固さが、沸き立った。 「よっしゃ!じゃあ……聞いてもらう事、考えとこ!ふーちゃんも、考えといてな!」  隼人はスキップしながら、走り出した。 「ほな、明日!!」  元気な挨拶を残して、隼人は飛び出して行った。  頬を赤らめ、口に飴がまだ残ったまま、歩はぽつんと教室に取り残された。  隼人の手を振って出ていく姿を思い出す。  挨拶返す間も無かった。 「ほな、明日……」
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