バチ当たりロンリー・デイズ

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 おれはスマホでゲームをしていたのだが、そいつから異様な雰囲気を感じて思わず顔を上げた。人工島口から客が乗ってくることは珍しかった。この時間帯、島のオフィス街から帰宅するリーマンはいても、島に用事のあるやつなんてまずいない。となればスラムに遊びに行くチンピラなのだが、その客はそういう風には見えなかった。全身雨にぬれたそいつは黒いフード付きの合羽を羽織っていた。ぼたぼた落ちる水滴が、ラバーの床を濡らしている。顔は見えないが、合羽の下に見える黒いスウェットに包まれた膝下の細さから考えると、きっとこいつは女なのだろう。濃いグレーのナックルグローブ、底の薄いアディダスのスニーカー。そいつは左右を見回し、僕に一瞥くれると、誰もいない空きに空いたシートの中からわざわざすぐ左隣に座った。  こいつはやばい、と直感した。  手荷物は何もなく、全身びしょ濡れ。車内なのにもかかわらずレインコートを脱ぎもせずに、存分に背もたれを濡らしている。出で立ちだけでも嫌な感じをぷんぷん臭わせているのだが、この日のおれは五感以外の何かが冴え渡っていた。おれの中に流れている刑事の血が騒いだ、としか言えないようなことが昔から時たまあって、こう言った予感、特に悪い予感はよく的中した。まあ、刑事の血にそんな予知能力があるならば、世の中平和でゴメンで済んで、警察はいらないのだろうが。  降りようかと思ったが、雨のホームでいつ来るやも知れぬ電車を待ち続けるのは面倒だった。今思えば降りておけばよかったのだが、迷っている間に車掌の笛の音が聞こえて扉が閉まった。仕方ない。おれは雨合羽の女を見た。微動だにしない。足元には小さな水溜りができている。圧縮空気の抜ける音がして小豆色の車体が動き出し、内心不安を抱えたまま正面に視線を戻したその時、誰かが大きなくしゃみをしたかのような音と共に、車両前方、前の車両との境面にある窓ガラスに小さな穴が開き、蜘蛛の巣のようなひび割れが入った。
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