バチ当たりロンリー・デイズ

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 何か、小さなものが僕の目の前をかすめ飛び、左隣の吊革が砕け散った。  突如として女が飛び起き、おれの頭を押し倒す。何が起こっているのかわからないおれは女の体を反射的に突き飛ばそうとしたが、逆にその腕をとんでもない力で押さえつけられた。小手捻り。外向きにねじ回された右腕は次の瞬間には背中の中央に達し、気がつけば、僕はベンチシートの裏でうつ伏せに倒され、押さえつけられていた。 「じっとしてろ。」 女はかすれた声でそう言って、おれの背中に膝を乗せたまま合羽の内側から何かを取り出す。頭を打ってくらむ視界の向こうには、合羽姿のまま何か黒い塊を肩に当てて構えるそいつが見えた。何が起きてんだ。僕は自由の利く左腕で有機ELディスプレイの入った鞄を体の近くに引き寄せようとしたが、破裂音とともにその鞄は目の前で砕け散った。床からは白い気体が上がり、何かがぶち抜いたかのような大穴が開いている。そして間もなく、頭上で何かが破裂した。  発砲音だった。女がおれの体の上で獲物の引き金を引いたのだ。手の中のそいつは先端から火を噴き、最初に破られたガラス窓の残りを粉砕する。隣の車両に、なにやら覆面を被った男を数人確認した。テレビでよく見る、銀行強盗とかのアレだ。やはりベンチシートを盾にしているようだが、女は構わず掃射する。ガラスが砕ける音と共に、覆面の男達が何やら大声でわめくのが聞こえた。中国語。ひとしきり撃ち尽くすと女はおれの隣に屈み、シートの影に完全に身を隠す。と同時に、遠慮も何もない凄まじい反撃が始まった。  拳銃は何度か見たことがあるし、実は一度だけ生きた人間を撃ったこともある。変な正義感から、ヤクザの息のかかった店のガラスを叩き破ってチンピラに追い回されたとき、親父が隠し持っていたSIGを全弾ぶっ放した。一発命中。チンピラはびびり上がって逃げていった。足をぶち抜かれた奴が泡を吹いて悶えていたのを覚えている。ゲームのようには行かないもんだと思ったことも。得物は親父の机の中に元通り戻して、後は知らない。不問という事は、きっと親父が上手くやったんだろう。とにかく、おれは何も知らされていないし、そんなこと今となっては本当にどうでもいい。
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