紅い部屋

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薄っすらと白いモヤが水平線のあたりにかかり始めると、もうすぐ朝を迎えるのだと思った。 ― 今なら行けるかもしれない。 ― ― 今じゃないと無理かもしれない。 ― 操縦席に置かれていた上着が目に入り、私はそれを掴んで立ち上がった。 階段を下りると横たわる裸の女性に上着を掛ける。 紫色の唇がわずかに動いたけど、意識は無いようだった。 『戻れなかったら…岸にたどり着けなかったら……。あの世で会おうね…』 心の中でそうささやいて、彼女の頭を撫でた。 立ち上がると再び階段を上がる。 船の手すりに座ると、遠くの光を見つめた。 もうすぐ朝が来る。 あのネオンを目指して泳げば岸にたどり着く。 朝が来る前に岸まで近づくんだ。 自分に言い聞かせて手すりを強く握った。 ふと、スカートのポケットから手鏡を取り出し、その蓋を開けると、そっと船内に放る。 船が揺れるたび、月の光が鏡をキラキラと光らせた。 辿り着ける自信なんてない。 やっと男から解放されたのに、恐怖と不安は消えない。 握りしめた手すりが冷たくて、水温の低さを想像させた。 でも、やらなきゃいけない。 やってもやらなくても彼女は数分か数時間で死んでしまうのかもしれない。 でも、もしも助けられるのなら……。 わずかな希望を右手で胸に握りしめ、勢いよく船のヘリを蹴った。 バシャーン! 大きな音を響かせて冷たい海水の中、両手と両足をバタつかせる。 目指す光を確認して私は泳ぎ始めた。
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