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海水をしっかり吸い上げたセーラー服は歩くには邪魔だった。
体力もないのに砂浜に足を取られ、意識は遠のく。
それでも人影を求めて歩いた。
「おい、姉ちゃん」
どこからか声が聞こえて振り返る。
「こんな時間から泳いでたのか?そんな恰好で…。親に叱られるぞ。制服は子どもが思ってるよりたけーんだ!」
釣りに来ていたらしい六十代くらいの男性だった。
彼は岩の上から私を見下ろしていた。
私は救いを求めて声を出そうとしたけれど、やはり声は出なかった。
近づけば何か伝える手段があるかもしれない。
私は砂を蹴って岩に近づき、男が立つその場所までよじ登った。
「なんだ…姉ちゃん、どうしたんだよ…」
男はそんな私の姿に恐怖すら感じたのかもしれない。
でも、それ以上の恐怖を私は味わってきた。今更逃げ出すことなどできない。
身振り手振りで『書くもの』を連想させた。
男は一瞬眉間にしわを寄せたが、閃いたように胸ポケットから鉛筆を取り出し、財布の中からレシートを取り出した。
私はそれを受け取ると震える手で文字を書いた。
『ふねに女性がかんきんされてる。いのちがあぶない』
それを見た男は疑わしい目で私を見た。
私は苛立ちを覚えて、男の目の前に自分の手を突き出した。
後ずさった男の目に私の手首にくっきりとついたロープの痕が映った。
真実だと知った彼は慌てて携帯電話を取り出すと、警察に電話をし始めた。
その姿を見て初めて安堵の涙が流れた。
数日間の記憶はくっきり脳に焼き付いている。
それでも誰かに状況を伝えたことで、背負ってきた責任から解放された気がした。
彼女はまだ生きていてくれるだろうか……。
そんなことを思いながら意識は徐々に遠のいていく。
私は岩の上に膝をついてそのまま倒れ、気を失った。
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