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そろそろ男が戻ってくる。もう片方も早く切らないと……。
私は片足だけ椅子に固定されたままで背もたれを持ち上げ、そのまま歩き出した。
部屋の隅、戸棚の引き出しの中にハサミがあることを知っている。
男はそのハサミで一人目の被害者の舌を切った。
さっきは女性の服を切り裂いた。
私はそのハサミを探し出し、最後のロープを切った。
両手両足が自由になった。
身体中に血が巡る。
自由に動く身体が愛おしい。しかし時間はもうない。
台の上に横たわった女性の傷口を四か所、切り落としたロープと近くにあったタオルを使って圧迫止血する。
すると真上から足音が聞こえてきた。
男が来た。
急いで放置されたままの注射器を手に取り、先ほど男が液体を吸い上げた小瓶からもう一度同じように液を吸い上げた。
それを台の上に置くと自分が縛られていた椅子を両手で持ち上げ、死角となる壁際に隠れた。
ギィィィ……
ドアが開くと男は食事を乗せたトレーを両手で抱えて部屋に入ってきた。
そして、ふと足を止めた。
さっきまで私がいた空間を見つめ、口をあんぐりと開けていた。
「どこに行った?」
男の声で居所を探り当てると同時に私は持っていた椅子を振り下ろした。
椅子は見事に男の頭に命中した。
男はよろけてトレーを落とした。
私はもう一度椅子を振り下ろす。
今度は男が床に倒れこむ。
もう一度椅子を振り下ろすと椅子が壊れた。
椅子の下半分が部屋の隅に飛んで行った。
私の手に残ったのは背もたれだけだったけれど、私はそれをもう一度男に振り下ろす。
切断された椅子の破片が男の身体に突き刺さる。
男はうめき声をあげて突き刺さった木片を握った。
私はそれでも逃げなかった。
台の上に置いておいた注射器を手探りで掴むと、その針を男の肩に突き刺した。
そして、すぐに液体を注入した。
男は小さなうめき声をあげ、木片を握っていた手がだらんと床に落ちた。
今まで忘れていたけれど、ようやく呼吸をしている自分を実感できた。大きく肺に空気を取り込むと身体を持ち上げた。
男を見下ろし、もう一度大きく息を吸った。
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