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 さっき自己紹介したとき、唯一「よろしく」と返事をしてくれた人だ。悪い人ではないと思う。あのー、ともう一度声をかけると、薄茶色のサングラスが揺れた。ひとつ欠伸をしてから、やっと彼は起き上がり、サングラスを外した。尚人と一瞬目が合ったが、彼はすぐに海を眺めた。 「今、海空いてるぞ」  尚人も海岸を見た。相変わらず浜辺は込んでいる。波打ち際で砂の城を作る親子、浅瀬で浮き輪につかまりりぷかぷか浮いているカップル。沖のほうまで遊泳する猛者たち。そんな彼らを、ライフセーバーが笛を吹いて注意している。 「混んでますけど」 「今のうちに海に入っとこうぜ」  彼が立ち上がり、海に向かって走り出した。ビーチサンダルで、よそのレジャーシートを踏みまくっている。尚人は彼を追いかけた。彼の濃いすね毛に目が釘付けになる。蟻が紛れてもわからないかもしれない。彼の特徴に、「すね毛」を追加した。  波がぎりぎり来ない場所にビーチサンダルを脱ぎ捨て、尚人は寄せて来る波に足を浸した。思っていたよりも海水は温かかった。尚人は箍が外れたように、波に乗って泳ぎだした。平泳ぎで前へと進む。体が勝手に動いていた。息継ぎで、水面から顔を上げるとき、真っ青な空が視界に入る。湯気のような淡い雲が、点々と空に散っていた。太陽の光が海に反射して、眩しいほどの白い輪っかが弾けて、消える。ため息が出るほどに、綺麗だ。     
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