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尚人は紙の地図を取りに、ワールドバザールまで歩くことにした。「カリブの海賊」から見えるエリアだったので、なんとか迷わずに来られた。午後の三時。まだ土産屋が繁盛する時間帯ではなかった。店の前の通りは空いている。尚人は少しほっとした。人混みにはうんざりしていたのだ。乱れた髪を整えようと、店のガラス窓の前に立った。すると、窓の向こう側にいる男と目が合った。彼は赤いTシャツを着ていた。
「五十嵐!?」
なかなか戻らない自分を心配して、まさかここまで捜しに来てくれたのか。思わず感動してしまう。がそんな喜びもつかの間だった。映っているTシャツに見覚えのある眉毛が描かれている。がっかりした。
「俺じゃん」
まるでコントみたいだ。窓ガラスに映った己の姿さえ、すぐに自分だと気が付かない。
――疲れた。もう帰りたい。
店から出てきた子連れの夫婦が、たくさんの土産袋を持って、園のゲートに向かっている。彼らについていけば、迷うことなく駅まで行ける。
――でもなあ。さすがに。
ポケットのなかのフリーパス四枚と、ファストパス四枚。これを持ったまま帰るのは、人としてどうかと思う。まだまだ乗りたいアトラクションだってあるだろうし、閉園ぎりぎりまで楽しむと坂下が言っていた。
尚人は意を決して、LINEの画面を開き、五十嵐に電話をかけた。すぐにつながり、五十嵐の声が聞こえる。
「いまどこ? もうすぐパス見せる列に入っちゃうから早く戻って来い」
戻れるものならとっくに戻っている。
「迷っちゃったんだよ」
情けない声が出てしまい、なんだか泣きたくなった。
「そんなことだろうとは思ってたよ」
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