向かい席の彼女の恋

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向かい席の彼女の恋

――またか……。  狭山睦美(さやまむつみ)はパソコンを挟んだ向かい側の席で激しく咳き込んでいる西川聡子(にしかわさとこ)をうんざりと見やった。  以前、社内で集団インフルエンザが発生したのをきっかけに、咳やくしゃみをするときはハンカチで口を押さえる、ひどいときにはマスクを着用するといった『咳エチケット』が推奨されるようになったが、彼女にそんなものは関係ない。  それどころか、むしろ豪快に、周囲に撒き散らすかのように聡子は咳き込み、くしゃみを連発する。それも一冬中だ。今年もまた、その季節がやってきたことを思い知り、睦美は気が重くなった。  気の毒だとは思うし、アレルギーか何かなのかもしれないが、周囲の人間にとってはたまったものではない。  モニターを飛び越えて、睦美の顔に冷たいものが飛んでくるときなんて、冗談抜きにぞっとしてしまう。  社員食堂の掲示板に貼ってある咳エチケットのポスターなど、なんの意味もなしていないのだった。
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