向かい席の彼女の恋

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「な、なんですか? 急に」 「狭山さんも気付いていたんでしょう?」  彼女は今にも落ちてきそうなほど低く垂れ込めた空へ視線をやったまま、また大きく煙を吐き出した。 「私、失恋しちゃったみたい、なのよね」  聡子はおかしそうに鼻をふんと鳴らした。睦美は何と言っていいか分からず、黙っていた。 「別にね、失恋したことはどうってことないのよ。そりゃあ、昔だったら傷付いたかもしれないけど。さすがに今はね。でも我ながら馬鹿みたいだったなあって」  彼女がどうして急にそんな話を始めたのかはわからない。  しかし、睦美は彼女の問いを反芻し、考えた。彼女が言うように、果たして『馬鹿みたい』なことだったのかと。  確かに恋する女に変貌した彼女にいささか抵抗を感じたことは確かだ。だけど、本人はとても幸せそうに微笑んでいた。色々な意味で自分自身を良い方向へと変えていった。それは決して馬鹿なことではないはずだ。  本人にとっては叶わぬ恋に踊らされたと感じているのかもしれないが、睦美から見ればただそれだけではない。彼女にはそこで得たものがあるのだから。
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