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恋する女として、すっかり変貌をとげた聡子だったが、その恋は一向に進展する気配を見せなかった。
聡子自身、これといったアピールをするでもなく、ただ、陰から橋本を見つめているだけなのだから無理もない。遠慮しているのか、近づき方がわからず戸惑っているのか、彼女の胸中は残念ながらはかりかねる。それに、橋本もわりと淡泊なのか、他の女子社員が言い寄ってもうまい具合にかわしているようだった。
ふたりには接点らしき接点もなく、せいぜいコピー機の紙詰まりで困っていた彼を聡子が手伝っていたくらいだ。それなのに、その横顔があまりに嬉しそうで、睦美は何だかいたたまれなかった。
ただ、聡子は最近になって、たまにお菓子を差し入れてくれるのだが、そのときには必ず彼のいる営業二課まで足を延ばしている。人数も多いし、大変だろうに、聡子は彼女なりのやり方でがんばっているようだった。
◇◇◇
昼休み、後輩の山本と佐々木に誘われて近くのイタリアンレストランへ行くことになった。聡子も一緒だ。ランチメンバーとしてこの四人が顔を突き合わせるのは初めてのことである。
そもそも彼女たちは、聡子から手痛い洗礼を受けたことのある経歴の持ち主で、以来、聡子を敬遠してきた節がある。特に三年目社員の山本には作った資料を目の前で破られたという結構悲惨なエピソードまであった。
そんな彼女たちがあえて聡子を誘ったのには、裏があるに違いなかった。聡子がやさしくなったこともあるだろうが、間違いなく、橋本のことだろう。大方、聡子の恋バナを面白おかしく聞き出す、といったところだろうか。まったく、趣味が悪い。
なのに、それがわかっていながら、ランチの誘いを断りきれなかったのは、ひとえにその店の看板メニューであるボンゴレ・ビアンコのせいである。睦美の好物で、食べたい一心でつい誘いに乗ってしまったのだった。
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