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そこに座るな
会社帰り、電車の空席に座ろうとしたら『そこに座るな』と怒鳴られた。
驚いて辺りを見回したが、俺の方を見ている人は誰もいない。
何かの聞き違いだと思い、空席に座ろうとしたら、また同じ調子で『そこに座るな』と怒鳴られた。
怒鳴られて腹立たしという気持ちより、気味の悪さが先に立って、俺は席に座ることを諦め、ドア付近に立つことにした。
程なく次の駅に到着し、乗客が乗ってくる。と、その内の一人が当たり前のようにさっきの空席に座った。
今の人にはさっきの声は聞こえなかったのか? だとすると、やはり俺は俺の聞き違いだったようだ。
他の空席に座りながら、空耳など無視して最初からあそこに座ればよかったと、そう思った瞬間、車内に凄まじい衝撃が走った。
あの空席に座った乗客が床に倒れる。その周辺が血に染まり、車内には他の客の悲鳴が響き渡った。
何が起こったのかはまるで判らなかったが、次の駅で電車が停まると、乗客は総て電車を下ろされ、その路線はしばらく運行見合わせとなった。
結局この日、何がどうしてあの乗客が倒れたのかの謎は解けなかったが、後日、テレビや新聞がこぞって詳細な理由を公表した。
線路外から投げつけられたとおぼしき石が、どういう訳か列車の外部で跳ねまくり、最終的にそれが窓ガラスを破って車内に侵入。乗客に当たり、頭部貫通という被害をもたらしたとのことだった。
普通に考えて、列車に石を投げたとしても、外部でそれが跳躍状態になることなどあり得ず、専門家達も、どうしてこんな事故が起きたのか、首を傾げるばかりだそうだ。
それらのニュースや記事を見ながら、俺は、この事故は通常ではありえない何らかの力で起こされたものだと感じていた。
あの時、俺に誰かが空席に座るなと怒鳴ったのは、この事故を起こすために、どうしても被害者をあそこに座らせたかった何ものかだろう。
亡くなった人には申し訳がないけれど、声を無視してあの席に座らなくてよかったと、そんなことをつい考えてしまう。
そこに座るな…完
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