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もうすっかり辺りは暗くなって、夜のとばりがおりきってしまっている。いい加減私は家に帰って、荷造りの続きを再開しなくてはならなかった。引っ越しの慌ただしさに刺々しさを増したお母さんが、帰宅後開口一番私に怒鳴るのが想像できて、この屋上を出ていくのが怖い。
だから、二人ならその勇気もわいてくるかもと、彼女もいっしょに帰らないか誘ってみたが、断られてしまった。もう少しだけ彼女は屋上に残るそうだ。
「ここを自由に使えるのも、多分今日が最後だし」
そう言うと彼女は両手を広げて、また辺りを巡り始めた。その楽し気な姿は、慣れ親しんだ場所から離れることを惜しんでいるようにも見えた。
ふと私はあることが気になって、彼女に問いかけた。多分これが、彼女への最後の質問になるだろうと感じながら。
「そう言えば、何で屋上にいたの? てか、何でここ開いてたの?」
それは根本的な疑問だった。彼女の歌声をたどるのに夢中で忘れていたが、本来屋上は開放厳禁な場所だったはずだ。なのに彼女は当然のようにここにいて、通い慣れているような雰囲気すら漂わせていた。これはどう考えてもおかしい。
そんな私の質問がよっぽど面白かったのか、一層くるくる回るのを早くして、彼女はよく通る声で高らかに笑った。
「あっははは! やっぱり気づいてなかったんだあ。まあ、そりゃそうか!」
くるくるふらふらと屋上の端まで彼女は到達する。屋上を囲む鉄策に勢いよくぶつかると、そのまま夜空を見上げて彼女は言った。
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