本編

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僕の趣味は貯金だ。 老後の不安がないくらいたっぷりと貯めたい。 同僚や上司はそんな僕を気の毒そうに見る。 だが、そんなことは些細なことだ。 少し前までは登山が趣味だった。値段の張る登山用シューズやテント、その他もろもろ一式揃えた。 山頂にたどり着いた時の解放感がなんとも言えず、病みつきになるほどだった。 それもキッパリ止めた。 きっかけは2年前に勤めていた会社が倒産したことだった。 たまたまそのことを相談した同業者の叔父が人事で働いていて、会社に中途採用してくれるように働きかけてくれた。 もし叔父に相談しなかったら? 叔父と僕の仲が険悪だったら? そう思うと背筋が凍る。 またあんな経験をしないためにも謙虚、堅実をモットーにしている。 流行りものはスルー。コスパ重視で1円でも安く買う。それが今の僕だ。 休日には健康維持のためにランニングをしている。今日も元気よく鼻歌まじりに走る。 距離に慣れてきたからいつもと違う道を通ることに決めた。帰りにスーパーかどこかに寄りたいが、本格的に迷子になることはないだろう。 速度を上げて気合いを入れていると、ゴロゴロとアスファルトの上をいくつも柿が転がってきた。 車に潰される前に、と1つずつ拾った。袋など持っていないのでどうしても不恰好な前屈みになった。 「悪いね」 急に声がして僕は飛び上がりかけた。おばあさんが曲がり角からひょっこりと出てきたのだ。 「いえいえどうぞ。少し傷んでるかもしれませんけど」 「構わしないよ。で、あんた、煙草吸うかい?」 「いえ、喉が弱いので吸えないんです」 「禁煙、禁煙と煩い世の中になってきたからね。ちょっと待ってな。何かお礼になりそうなのがあったと思うから」 そう言うと目の前の古びた店に入っていった。 よく見ると軒先に『雑貨店、煙草屋』と書かれていた。まだ開店準備中なのか棚には白い布がかけられている。 「別にいいですよ」 いつまで待たされるかわからず、僕は奥に呼び掛けた。
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