0人が本棚に入れています
本棚に追加
僕の趣味は貯金だ。
老後の不安がないくらいたっぷりと貯めたい。
同僚や上司はそんな僕を気の毒そうに見る。
だが、そんなことは些細なことだ。
少し前までは登山が趣味だった。値段の張る登山用シューズやテント、その他もろもろ一式揃えた。
山頂にたどり着いた時の解放感がなんとも言えず、病みつきになるほどだった。
それもキッパリ止めた。
きっかけは2年前に勤めていた会社が倒産したことだった。
たまたまそのことを相談した同業者の叔父が人事で働いていて、会社に中途採用してくれるように働きかけてくれた。
もし叔父に相談しなかったら? 叔父と僕の仲が険悪だったら?
そう思うと背筋が凍る。
またあんな経験をしないためにも謙虚、堅実をモットーにしている。
流行りものはスルー。コスパ重視で1円でも安く買う。それが今の僕だ。
休日には健康維持のためにランニングをしている。今日も元気よく鼻歌まじりに走る。
距離に慣れてきたからいつもと違う道を通ることに決めた。帰りにスーパーかどこかに寄りたいが、本格的に迷子になることはないだろう。
速度を上げて気合いを入れていると、ゴロゴロとアスファルトの上をいくつも柿が転がってきた。
車に潰される前に、と1つずつ拾った。袋など持っていないのでどうしても不恰好な前屈みになった。
「悪いね」
急に声がして僕は飛び上がりかけた。おばあさんが曲がり角からひょっこりと出てきたのだ。
「いえいえどうぞ。少し傷んでるかもしれませんけど」
「構わしないよ。で、あんた、煙草吸うかい?」
「いえ、喉が弱いので吸えないんです」
「禁煙、禁煙と煩い世の中になってきたからね。ちょっと待ってな。何かお礼になりそうなのがあったと思うから」
そう言うと目の前の古びた店に入っていった。
よく見ると軒先に『雑貨店、煙草屋』と書かれていた。まだ開店準備中なのか棚には白い布がかけられている。
「別にいいですよ」
いつまで待たされるかわからず、僕は奥に呼び掛けた。
最初のコメントを投稿しよう!