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改札は二階にある。それぞれICカードで抜けると、清正は下り電車のホームに続く右手の階段を目指し、光は上り車線に続く左手の階段へと足を向けた。
左右に分かれて進み始め、お互いが別々の方向に向かっていることに気付いて、立ち止まる。
横を向くと、清正も光を見ていた。
「あ。えっと……、じゃあな」
「ああ」
短い挨拶を交わしたものの、どちらも動かず、そこに立っていた。
「……朱里さん、オーストラリアに行っちゃうんだな」
「ああ。相手が向こうの人らしい」
「相手の人って、外国人なの?」
「らしいな」
「……そうなんだ」
大変そうだね、と意味のない言葉を口にしてみる。会話が続かず、少し悲しい気持ちになる。
「汀、ほんとは、朱里さんに会いに行ったのかな」
「違うだろ。朱里から聞かなかったのか?」
「あ。聞いた……。でも、ほら、今日で最後ってわかってたとか」
「ないな。俺もさっき初めて知った」
「そ、そうか」
気持ちが焦る。
「汀、お泊り大丈夫かな」
「大丈夫だろ」
「でも、お泊りしてもすぐ寝ちゃいそうだな。遊んだ日は、汀、寝るの早いから。行くまでもお昼寝しそうだし……。せっかくなのに、朱里さん、寂しいだろうな」
「いいんだ。それが朱里の望みだから」
「え……?」
「朱里は、汀の寝顔をほとんど見たことがないんだよ。だから、最後にゆっくりと眺めて過ごしたいんだ」
「そう、か……」
月に一度。会うたびに大きくなる汀を、朱里はどんな気持ちで見てきたのだろう。寝顔も、歯磨きも、風呂の前にトイレに行って半ズボンを引きづっている姿も、知ることなく。
「汀が……」
「うん?」
「お泊り、行くって言って、よかったな」
「ああ」
あの人の、汀と清正との、最後の願いが叶えられてよかった。
それきりまた会話が途切れた。黙っていると、清正がぽつりと言った。
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