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「汀……、光に、会いに行ったんだな」  視線を上げると、清正が口を硬く結んでいた。 「俺のせいか……」  自分が光に会わせなかったから、と清正がうつむく。 「汀……。毎日、この駅を通る時、おまえの名前を小さい声で呟いてた」  ひらがなの「ひ」の字を読んで、そこに光がいるとでもいうように、文字に向かって『ひかゆちゃん』と呼んでいた。切なくなって清正を責める。 「呼べばいいだろ。なんで会いに来いって言わないだよ」 「おまえだって、自分から来なかっただろう」 「だって、俺は……」  清正と朱里が復縁したと思っていたのだ。清正の妻のいる家に、光は行きたくなかった。  清正は苦しげに言葉を吐き出した。 「光に会えば、抱きたくなる」 「え? き、清正……」  急に何を言い出すのかと、少し焦る。 「おまえが泣いて嫌がっても、無理やりにでも、したい……。それで出ていかれて、頭が真っ白になって、汀の気持ちまで考えてやる余裕がなかったんだ」  言葉の意味がうまく頭に入ってこない。呆然と見上げていると、清正が気まずそうに目を逸らした。 「悪い。なんでもない……。忘れてくれ」  その横顔が、中二の時の屋上に続く階段での清正に重なる。 『ヘンな意味じゃない』  そう言って、視線を逸らした。だけど、それは嘘だったと言った。ずっと、本当の顔とは違う顔で、清正は光のそばにいたのだ。  光が、五月の庭の薔薇の下に、一番綺麗で壊したくないものを隠していたように。 「清正……」  名前も付けずに目を逸らしてきたように。  聡子や朱里が、嘘の生き方と呼ぶ人生の向こう側に、清正も壊したくない大切なものを隠し続けていたのだ。 「清正、そうじゃないんだ……」  どういえばわかってもらえるだろう。言葉で伝えられることは、あまりに少なくて、光はいつももどかしくなる。  視線を落としたままの清正が、下りホームへの階段を下り始める。 「清正、俺……」  どうすれば、届くのか。  光と清正の間を、ホームに向かう人の波が通り過ぎる。下校の時間なのか、スマホを手にした女子高生の集団が、小さく「おお……」とどよめきながら、目の前で立ち止まった。
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