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「……せっかく作ってもらったけど、これ、商品にならない」 「なんでだ? すごくいいじゃないか。依頼先が断ってきたのか?」  もともと、依頼品ではないのだと告げた。 「それでも、これならどこででも売りたがるだろう?」  光は黙ってスマホを取り出した。  ラ・ヴィアン・ローズのページを表示すると、探すまでもなくトップページにその商品は載っていた。  それを村山に見せると、平らな眉間に皺が刻まれた。 「これは?」 「ラ・ヴィアン・ローズの春の新商品。……硝子でできてる」 「硝子……?」  眉間の皺が深くなる。  アクリルなどの樹脂よりも硝子のほうが高級品だと考える者が時々いる。アクリルの持つ、壊れにくい一方で細かい傷がつきやすいという特徴を安っぽいと感じるらしいのだ。  けれど、村山が特許開発したアクリル系樹脂は、従来のような傷を寄せ付けない優れたものだ。村山のアクリルは硝子のように表面が滑らかで、硝子と同じ透明度を持ちながら軽くて壊れにくい。  繊細で壊れやすいために高価なものは、確かにある。希少性がその価値を嫌でも高めるからだ。壊れるから美しいのだと言う人もいる。その美学はわかるし、否定するつもりもない。壊れやすいものが大切に扱われる理由も、もちろんわかる。  それでも、実用的なことが美の価値を下げるわけではないと光は思っていた。また高いからいい、安いから悪いということではなく、壊れにくく丈夫で、扱いやすいいことが大切な場面もたくさんあると思っていた。  軽く、割れにくいテーブルランプを、光は汀のためにデザインした。  村山が開発した樹脂は薄いコーティングを施すこともできる。内側に薄い和紙を挟み込んで、擦り硝子に似た質感の市松やストライプを組み合わせるデザインが可能だった。四角いテーブルランプは、角の部分にわずかなカットを施すことで、触った時にも滑らかになるように工夫した。転んで頭や身体をぶつけても、大きな怪我をしないように……。  涙が零れそうになって、慌てて瞬きをする。 「試作品だけ、俺が家で使う」 「待てよ。あんたも、硝子のほうがいいと思ってるのか」 「そんなわけないだろ!」 「だったら、なんで……」  光は顔を歪めて拳を握り締めた。自分がふがいないせいで、村山の矜持も傷つけた。  それだけではない。  商品として店に並んでしまった今、あのテーブルランプはそれぞれの家庭で使われる。形を気に入って使ってくれる人たちに大きな不満はないかもしれない。光が思うほど、人はこだわらないのかもしれない。
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