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時間が半端で、少しの間、リビングのテーブルで絵を描いて過ごした。汀が描く絵を横で見ながら、光も好きなものを描いた。そうするうちに、少し気持ちが落ち着いてきた。
「そろそろ、行くか」
「あーい」
シャツとズボンを直して、よそゆきの新しいコートを着せた。フード付きのベージュのコートは汀によく似合っていた。もう一度顔を拭いてやり、髪を軽く梳いて、小さな紳士を完成させた。
「デートなんだから、カッコよくしないとな」
駅まで、十分と少し。早めに家を出て、手をつないでのんびり歩いた。幼稚園の前を通る時、砂場を見つけた汀が足を止めた。遊びたそうにじっと見ている。
「水族館、行くんだろ」
黙って頷くけれど、歩き始めてからもちらちらと砂場を振り返る。こんな時、清正はどうしていただろうと考えて、なぜか古い記憶がよみがえった。
『光、明日また来よう』
林の中でどんぐりを抱えた光の頭を、そう言って清正は撫でた。夕暮れが迫って、あたりは暗くなり始めていた。清正は少し困った顔をしていた。
あの時の自分と今の汀は同じなのだろうか。そう思うと、ちょっと複雑な気分になる。
「汀、明日また公園、行こうな」
頭を撫でてやると、汀は一度光の顔を見上げ、すぐに前を向いて歩き始めた。
駅について階段を上がると、改札前のコンコースに女性の姿があった。
「ママ!」
「汀!」
駆け寄った小さな身体を抱き上げて、朱里がぱっと笑った。
「四歳、おめでとう」
汀がキャッキャッと笑う。光は離れて、その人を見ていた。
綺麗な人だ。
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