【12】

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「清正くん、か……」  清正をそんなふうに呼ぶのか。  静かで優しそうな人だったなと、振り返る。  清正と付き合ってはすぐに別れる女性たちを、光はどこかで恐れていた。清正を失っても生きてゆけるのだ。彼女たちは、光よりもずっと強くてたくましい人間なのだと、勝手に思い込んでいた。  強くて、心がない、どこか記号のような存在。  けれど、実際に会ってみれば、朱里はごく普通の優しそうな女性で、汀の母親だった。  受け取った袋を見て、「あれ?」と目を見開いた。  昨日清正が持って帰ったものと同じだ。なかなか可愛らしいデザインの袋で、ネコの絵が描かれている。 「平瀬の『どら屋』……。よほど美味いどら焼きなのか?」  汀の髪を撫で、この紙袋を手渡した指に透明の石がキラリと光っていたのを思い出す。特徴的な大きな爪の形は、ヘプバーンの映画で有名なニューヨークのブランドのものだ。  トンボの形のステンドグラスのランプを直接見たくて、デザインの勉強も兼ねて、はるばる本店まで行ったことがある。そこで朝食は食べていない。  左手の薬指……。  朱里と清正は大学で知り合ったと聞いた。年は光たちと同じだ。二十六か二十七なら、再婚の話があってもおかしくない。  どんな人と幸せになるのだろう。どんな人であっても幸せになってほしいと、そんな願いを抱く権利が自分にないのは知っていたけれど、それでもやっぱり願っていた。  一度上沢の家に帰ってから、クルマで秩父に向かった。平日なのでほかの職人も何人かいたが、村山自ら光を迎えに出てきた。 「試作か?」 「うん。今、いい?」  いいぞ、と軽く頷いて奥の事務所に向かう。事務所の中は、かすかにいい匂いが漂っていた。 「堂上のとこのコンペに、光も出すんだろ? なかなか来ないから、俺の出番はないのかと心配してたぞ」 「ないわけないだろ」  光はスケッチブックを手渡した。それを開いて村山が呟く。 「……手描きか」
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