メロンだったら良かったのかもしれない

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   *  夏川志織がスイカになりたいと言いだしたのは、彼女が中三に進学して、「カナちゃんと違うクラスになっちゃったよ」なんて少し残念そうな顔で拗ねていたころのことだったと思う。  初めての進路面談で、志織は「高校には行きません」ときっぱり宣言した。 「高校に行かないで、私、スイカになります」  当然、かなり揉めた。毎日教員室に呼び出されて、何時間も戻ってこなかった。  スイカになれるかどうかはともかく、高校には行きなさい。  それが担任の説得だった。正論には違いない。僕だって同じ立場ならそう言う。ついでに、スイカになんてなれっこないとも言うかもしれない。  だが、そんな言葉で納得する志織ではなかった。 「先生がね、高校生活は絶対に君のためになるから、とても楽しいからって、すごく真剣なんだ。先生と私は違うのにね。不思議だよね」  もう日も暮れかかった午後五時半、僕と志織は帰り道を二人で歩いていた。脚が長いのは僕の方なのに、前に出るのは決まって志織が先だった。 「ゆーくんだって、そう思うでしょ?」 「思うわけないだろ」 「えー」  頬をふくらませて、僕をにらむ。 「そっか、ゆーくんは先生の味方なんだ。悪魔の手先だったんだね。知らなかったよ」 「人聞きの悪いこと言うなよ。僕は常識の味方なんだ」 「常識なんてわからないよ、私」  彼女は皮肉で言っているのではない。心の底から、常識というものに馴染みがないのだ。  うらやましいな、と、ときどき思う。  その後、志織と学校の間でどう決着がついたのかは知らない。彼女から折れることはありえないから、きっと学校側があきらめたのだと思う。  どうせ彼女も、何百人の生徒の一人なのだし。
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