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わからないのは、彼女がスイカを選んだ理由だ。
「だって、スイカはしゃくしゃくで甘くて美味しいよ」
きょとんとした顔で志織は答える。
「うん、たしかに、スイカはしゃくしゃくで甘くて美味しい。僕も好きだよ。でも、志織、じゃあマグロのにぎり寿司は?」
「好きー」
「大粒いちごのショートケーキは?」
「大好きー」
「だろ。だったら、スイカを選ぶ必然性はないじゃないか」
「あるんだよ」
「わからないな」
僕は呆れたように首を振った。
「志織、どうしてスイカになんてなりたいんだ?」
その言葉に、志織は「えへへ」と恥ずかしそうに舌を出した。少し顔を赤らめて、背伸びするように僕に笑った。
「ゆーくんにだって、内緒だよっ!」
僕だけでなく、彼女は誰にも理由を言わなかった。親にすら隠していたらしく、ある夜、僕の家に一人の男性が訪ねてきた。
「志織の父ですが」
僕は彼のことが苦手だった。彫りの深いその瞳を見るたび、僕の体はきゅっと小さくなった。きっと、失われた記憶のどこかで、彼に強く叱られたことがあるのだろう。
「すみません、父も母も、今はいないんです」
それで帰ると思っていたけれど、もちろん甘かった。
「君に用があるんだ、石井祐介君」
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