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受験勉強の波がやってきて、あたりまえのように僕も飲み込まれた。木枯らしが吹く前に、僕は塾に通い始めた。一度だけ、一緒に行かないかと志織を誘ったけれど、帰ってきたのはにべもない返事だった。
「今ね、スイカの流通ルートを調べてるんだ」
「それはまた、高尚なご趣味で」
「ゆーくんはイヤミを言うよねえ。そんな性格だとモテないよ」
親子そろって、余計なお世話だ。
「でも、どうしてそんなこと調べてるのさ」
「だってスイカになったら、誰かに食べてもらわないといけないでしょ」
その言葉の意味を、僕は時間をかけて租借した。
飲み込めなかった。
「誰かに、食べてもらう?」
「スイカ作りって大変なんだよ。種まきから収穫まで半年以上かかるし、手間も多くて。ようやくできあがったら、出荷して、全国に運ばれて、最後はお客にポンポンって叩かれて。あ、でも今は切ってから売ることの方が多いか」
「いや、そういうことじゃなくてさ」
僕はまくし立てる。
「人が作ったスイカは、人が食べるためにある。それはわかる。農家も、流通業者も、立派な仕事だと思うよ。でも志織は違うだろ。自分のために、自分から望んでスイカになるんだろ。だったらそれで終わりじゃないか。誰かの食べ物になる必要なんて、全くない」
「でもね、ゆーくん。美味しいスイカは、人をニコニコにさせるんだよ」
僕たちの会話は微妙にズレて噛み合わない。でも、それは予想されたことだった。志織と本気で対峙するということは、このすれ違いと正面から向き合うことに等しい。
そのときの僕は、きっと本気だった。
だから、言葉を止めることはできなかった。
「食べられたら、志織は死ぬんだぞ!」
その事実を彼女が知らないわけはない。
それでも志織は笑顔のままだった。
「だって、それはスイカだもの。人生を全うするんだよ。悲しくなんて全然ない」
あっけらかんと志織は言った。
「そんなわけないだろ!」
「どうして」
「どうしてって……だって、そんなの、あたりまえじゃないか」
その言葉に、彼女は露骨にがっかりした。ため息をついて、首を横に振った。
「そんなこと言うんだね、ゆーくん。だったらさ」
くるりと向きなおって、人差し指を僕の唇に立てた。
「ゆーくんには食べさせてあげないからね」
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