メロンだったら良かったのかもしれない

7/29

4人が本棚に入れています
本棚に追加
/29ページ
   *  受験勉強の波がやってきて、あたりまえのように僕も飲み込まれた。木枯らしが吹く前に、僕は塾に通い始めた。一度だけ、一緒に行かないかと志織を誘ったけれど、帰ってきたのはにべもない返事だった。 「今ね、スイカの流通ルートを調べてるんだ」 「それはまた、高尚なご趣味で」 「ゆーくんはイヤミを言うよねえ。そんな性格だとモテないよ」  親子そろって、余計なお世話だ。 「でも、どうしてそんなこと調べてるのさ」 「だってスイカになったら、誰かに食べてもらわないといけないでしょ」  その言葉の意味を、僕は時間をかけて租借した。  飲み込めなかった。 「誰かに、食べてもらう?」 「スイカ作りって大変なんだよ。種まきから収穫まで半年以上かかるし、手間も多くて。ようやくできあがったら、出荷して、全国に運ばれて、最後はお客にポンポンって叩かれて。あ、でも今は切ってから売ることの方が多いか」 「いや、そういうことじゃなくてさ」  僕はまくし立てる。 「人が作ったスイカは、人が食べるためにある。それはわかる。農家も、流通業者も、立派な仕事だと思うよ。でも志織は違うだろ。自分のために、自分から望んでスイカになるんだろ。だったらそれで終わりじゃないか。誰かの食べ物になる必要なんて、全くない」 「でもね、ゆーくん。美味しいスイカは、人をニコニコにさせるんだよ」  僕たちの会話は微妙にズレて噛み合わない。でも、それは予想されたことだった。志織と本気で対峙するということは、このすれ違いと正面から向き合うことに等しい。  そのときの僕は、きっと本気だった。  だから、言葉を止めることはできなかった。 「食べられたら、志織は死ぬんだぞ!」  その事実を彼女が知らないわけはない。  それでも志織は笑顔のままだった。 「だって、それはスイカだもの。人生を全うするんだよ。悲しくなんて全然ない」  あっけらかんと志織は言った。 「そんなわけないだろ!」 「どうして」 「どうしてって……だって、そんなの、あたりまえじゃないか」  その言葉に、彼女は露骨にがっかりした。ため息をついて、首を横に振った。 「そんなこと言うんだね、ゆーくん。だったらさ」  くるりと向きなおって、人差し指を僕の唇に立てた。 「ゆーくんには食べさせてあげないからね」
/29ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加