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屋上で冷たい風を頬に受けるのが彼女の好みだった。
「冬はね、これができるから楽しみなんだよ」
「ああ、こんなに寒くなければね」
乾いた空気が首筋をなでる。僕は思わずコートのえりを立てた。
「僕は夏の方が好きだな」
「どうして?」
「女の子の素肌が見られるから」
「その言葉、ゆーくんがもうちょっとカッコよかったら似合うのにね」
「うるさいよ」
僕はぺしりと軽く志織の額を叩いた。へへっと猫のように笑う彼女の姿に、そういえばもう二月に入ったことをふと思いだす。
「ゆーくん、どこ受けるか決めた?」
「西高」
「わっ、かなりレベル上げたんだね。すごいね」
「お世辞言うなよ。西高なんて志織には難しくもないだろ」
「そうやってすぐ卑屈になるの、ゆーくんの悪いクセだよ」
「どうも失礼しましたね」
「ほらまたそうやってー」
卑屈になるのもしかたがない、そう僕は思う。
本当は、志織に見合うだけの学校を受験したかった。
「なあ、志織」
「なあに?」
小首をかしげて、僕に微笑みかける。
なあ、志織。
スイカになるなんて馬鹿なことやめろよ。
僕も、きみも、人間なんだ。
植物とは何から何まで構造が違うんだ。
無理だよ。
なろうと思っても、なれないものはあるんだ。
だからさ、もうあきらめて、僕と一緒に高校に行こう。
一緒に退屈な授業で眠って、一緒にテニス部で黄色い球を打とう。
テニスが嫌なら、卓球でも、将棋でも、何でもいい。
きっと、楽しいから。
だから。
「……いや、何でもない」
結局、僕は自信がなかった。
自分のことにも、志織のことにも。
「なにそれ、変なの」
彼女が少し困ったように笑う。
その笑顔に僕の手が届く日は、たぶん、もう訪れない。
なろうと思っても、なれないものはあるのだ。
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