第1章

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何を思ったか。 それからしばらく冷たい路上で 僕は見ず知らずの男たちの言い争いに耳を澄ましていた。 もともと日本語のニュアンスほど優しくないんだ。 叱りつけるように厳しく響く声。 何を言ってるかは聞き取れない。 それでも艶のある深い声音は僕の耳にはひどく心地よかった。 だから――。 沈黙が降りたその隙に 僕はそっと足を踏み出した。 店の看板の影から男たちの様子を覗き見る。 と――。 最初に泣きながら店を飛び出してきた男の子が 崩れ落ちるような体勢でバーテンの彼にしがみついていた。 次の瞬間。 彼の胸の高さほどしかない嵩の男の子は おもむろに細いパンツのバックポケットから財布を取り出す。
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