あの日の海

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 人心掌握術が自然に身に着いたのは、両親の振舞いを幼いころから見ていたからだ。人に好かれる表情や言葉遣い、よそよそしくなく、それでいて馴れ馴れしくもない――絶妙な、他人との距離の取り方。会計事務所を営む両親は、いつもこう言っていた。「いつどこの誰が、お客さんになってくれるかわからないんだから」と。つまり、誰とでも仲良くしておきなさいと言っていたのだ。  大勢の仲間から慕われるのは気分が良かったし、楽しかった。友達は多ければ多い程良い。そんな信条もあった。恵まれている自分自身に満足していた。家は裕福で、通っている大学も上位ランキングに入っている。  なおを好きなって、初めて気が付いた。実は少しも満たされていなかったのだと。今まで得ていたのは、虚飾の充実感だったのだと。 
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