第1章

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 滞在時間一時間半ほどで、山本さんは帰っていった。 「結婚して一年そこそこで浮気って、ひどい男もいたもんですね」  彼女に同情のような感情はわくが、そんな男を選んでしまったのもまた自分なのだから、仕方ないといえば仕方がないのかもしれない。 「こんなんザラだぞ? むしろ依頼のほとんどがコレ関係だ。うちに依頼が来ないだけで」 「自分で言わないでくださいよ」 「それに恋人の時にうまくいってたからって、結婚後もうまくいくかなんてわかんねえよ。家族つっても個人と個人。結局は他人だ」  椹木さんの妙に説得力のあるセリフに、胸が少し疼いた。  家族でも他人。それでも夫婦なら、まだマシなんじゃないかと思う。そこに血の繋がりがある方が何倍も厄介だ。夫婦なら離婚すればきれいサッパリ縁が切れるかもしれないが、血縁は切りたくてもそうはいかない。 「深見? どうかしたか」  椹木さんに呼ばれ、物思いに傾いていた意識が引き上げられる。 「あ、いや、まともな依頼が来たの、俺がバイトしだしてから初めてだなって思って……」  誤魔化すように適当に思いついたことを口にする。 「まとも、ねえ。まあそりゃそうなんだろうが」  苦笑を浮かべる椹木さんに引っかかりを覚える。 「メシのタネとはいえ、一個人としちゃあ、やめときゃいいのになぁって思っちまうな」  意味深な椹木さんの呟きに、俺は眉をひそめる。 「え? どういうことですか?」  やめときゃいい、が一体どこに掛かっているのか。調べずとも結果は一目瞭然だから、もったいないって意味なのだろうか。 「やっぱり浮気してるんですか?」  これでも独立前は大手事務所で毎日調査にいそしむ優秀な調査員だったと聞いている。あくまで本人談だが。長年の探偵の勘、というやつが働いたのかもしれない。……そう思ったのも束の間。 「調査もしてねえのに、ンなことわかるかよ」 「は? じゃあ、さっきのは一体どういう意味ですか?」  やめときゃいい、は間違いなくこの調査のことを指しているはずだ。混乱気味の俺に、椹木さんはすっと手を伸ばすと、髪の毛をくしゃくしゃと掻き混ぜた。……これはアレだ。もはやクセというか、正に犬に対する条件反射の手つきだ。 「んー、深見にゃまだちょっと早えか」  椹木さんは曖昧に笑ってそう言うと、俺に背を向けたのだった。
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