第1章

2/15
前へ
/100ページ
次へ
 夏は好きじゃない。暑いのも汗を掻くのも好きじゃない。匂いも、街の雰囲気も好きじゃない。訪れたばかりの季節を、早く終われと呪いたくなる。  駅を出るとすぐさま、容赦のない日差しが肌に突き刺さる。それから逃げるように駅の傍にあるアーケードへと足早に移動をした。そこから始まるのは、全体的に野暮ったい印象だけど、活気にあふれた商店街。十分ほどのにぎやかな道のりを歩いた先にその建物はある。築三十年、三階建ての雑居ビル。一階に入っている携帯ショップのスタッフが、ちょうどビルの前を掃き掃除しているのに出くわして、思わず『しまった』と思う。 「あら、おはようございます」  顔見知りの女性スタッフが、ハキハキと挨拶をしてきた。それに対して会釈を返したんだか逃げたんだかわからないような仕草で頭を下げて足早に建物の端にある階段へ向かう。  二階は雀荘。目的地はそのまた上の最上階だ。コンクリートの階段をのぼり、扉の前まで辿り着くと、それを開ける前から耳慣れた電子音が聞こえている。 「っ、まだ寝てんのか?」  慌てて中へ入ろうとしたが、ノブを回しても硬い感触に阻まれて扉を開くことができない。急いで持っていた手提げカバンから合鍵を取り出し解錠する。  もつれ込むように入室し、どうにかコールがやむ前に受話器を取った。 「お待たせしましたっ、サワラギ探偵事務所です」  少しの沈黙のあと、わずかに強ばった女性の声が聞こえた。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

852人が本棚に入れています
本棚に追加