第3章

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「ヅラちょっと曲がってんぞ」  そう言って近付いてくる。 「そういや今、はやってんだろ? なんだっけな……男が女の子のカッコするの」 「俺にそんな趣味はない!」  ヒールのお陰で、椹木さんとの距離がいつもより近くて、少し緊張する。しょっちゅう触られまくっているし、第一今触れられているのはウィッグなのに、その手を妙に意識してしまう。椹木さんは指先で人工の髪を梳き、撫でつける。 「これでよし、と。んー、可愛いな」  ストレートに言われて、からかうなとか、冗談はよせとか、そんなセリフが出てくる前に思い切り照れてしまった。不覚だ。俺の反応に、椹木さんは一瞬意表をつかれたような顔をして、そこからニンマリと笑った。 「化粧とかしねえと浮くかなあと思ってたけど、すげえ自然だな。深見は目もでかいし、まつ毛長えし、肌もきれいだからかな」  男であれば女々しいとか童顔とか、短所でしかない自分の顔立ちを褒められて、なんと返せばいいのかわからない。硬直する俺の頬に椹木さんはそっと手を添えると、親指の腹で意味深に唇を撫でた。 「唇もプニプニだな、お前」  唇をなぞられる感触に、ゾクリと背筋が震えた。 「バカ。可愛い反応すんなよ。反射的にチューしそうになっちまったじゃねえか」 「そ……な」  そんなこと言ったって、あんたが変な風に触るのが悪いんじゃないか。そう言いたかったのに、頭のてっぺんからつま先までもが強ばって、上手く喋れなかった。 「ヤバイな、これは抱けるかもしれねえわ」  低い声でぼそりと言われて、言葉もなく固まった。熱を持った顔を隠すこともできずに椹木さんを見上げる。 「はは、冗談だって。怒んなよ?」  椹木さんはすぐにそう言って、俺の頭を撫でた。 「さて、俺も着替えるか。支度できたら出るから、準備しとけよ?」  そう言い残して、椹木さんは奥の部屋へと消えていった。その瞬間、身体中から力が抜けて、情けなくも床にへたりこんだ。恥ずかしくて、とにかく居た堪れなくて、心臓が鳴りすぎて痛かった。
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