第3章

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「できる営業マンとキレカワ女子大生の年の差カップルだな」 グレーの半袖カッターシャツと、ワインレッドのネクタイを身に着けた椹木さんは、臆面なくそう言った。土地柄、スーツの方が違和感がないということで会社員を装うらしい。  街中に出ると、とにかく人の視線が怖かった。俺が男だとバレていて、みんな指をさして笑っているのではないかと。正直、調査どころではなかった。加えて、初めてのヒールはとにかく歩きづらくて、どうしても動きがぎこちなくなる。それに、そのサンダルは少しだけ俺には小さかった。女性用を無理矢理履いているのだから当たり前なのだけど。すると、見かねた椹木さんが、「掴まってろ」と言って腕を貸してくれた。余計に恥ずかしいし、躊躇いはあったが、調査の足でまといにはなりたくなくて大人しく従う。  対象者である山本が勤める支店は主要駅のすぐ傍にあった。 「十八時八分。マル対、面取り確認」  椹木さんが小声で告げた。その音声はシャツのポケットに入れた小型レコーダーと手元のデジカメが記録している。 退社予定時刻の一時間前に店舗の周辺に到着し、写真でしか見たことのない対象者の実際の姿を確認した。写真通りに地味で温和そうな男だった。あとは山本が出てくるまで待つだけだ。目立たないところにでも身を潜めるのかと思っていたら、椹木さんは堂々と駅前広場の噴水の淵に腰掛けた。この位置なら山本の店の出入りが一目瞭然だった。 「ラブラブ過ぎて、時間も周りも気にならない色ボケカップル! って感じで頼むぜ」  耳許でぼそっと囁かれ、「無理」と即答すると喉奥で笑われる。 数十分すると山本に動きが見られた。 「十八時五十分。マル対、一人で店舗から出た」  椹木さんは先ほどより慎重にデジカメを使い、駅正面へと歩いていくスーツ姿の男を記録した。 「定時よりちょっと早えな。……行くぞ」  差し出された腕にしがみつき、二人で山本のあとを追う。
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