第3章

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「近づきすぎると見つかる恐れがある。かと言って離れすぎると『びふる』リスクもある」 『びふる』とは『追尾不能』の意だと読んだばかりの本に書いてあった。何気ない会話を装いながら、予想外に真面目に研修をしてくれる椹木さんに、俺はこくこくと頷く。 「普通の人間はまさか自分が尾行されてるなんて考えもしない。だけど疚しいことをしてる自覚がある人間、過去に尾行されたことがある人間は別だ」  椹木さんが言い終えると、山本が立ち止まった。改札から少し離れた柱の前に立つ。 「待ち合わせだな」  椹木さんは呟いて、目立たないようにカメラを向ける。すると五分も経たないうちに女が近づいてきた。相手は山本と同世代くらいに見える。派手な印象のする美人だった。 「……やっぱり!」  思わず声に出すと、椹木さんに「しっ」と窘められた。二人はにこやかに二、三言会話すると駅の裏手に向かって共に歩き出した。椹木さんにしがみつく形でその後ろに続く。飲み屋街を通り、更に奥へ。すると電飾のきらびやかな看板が目につくようになる。ガールズバー、キャバクラの乱立地域のようだ。 「ほら、さっそくこのカッコが役に立ったろ? こんなところ一人、もしくは男二人で歩いてみろって。たちまち黒服の兄ちゃんに声かけられまくりだぞ」 「確かに……」 「女連れに声掛けてくる奴はいないからな」  二十メートルほど先を行く二人が不意に路地を曲がった。 「どこへ向かってるんだろ……」 「んー、あのまま奥に行きゃあ、ラブホ街だわな」  椹木さんの返答に目を見開く。 「道が狭いから慎重に行くぞ」  無言で頷き、そのまま路地に入った。そこは椹木さんの言う通りご休憩、ご宿泊の看板が踊っている。さっきより幾分緊張しながら二人の背中を追って歩く。しかし、しばらくすると前を歩く二人が立ち止まった。 「っ、やべ」  密着していた男が舌打ちのような音を発した。何事だと思う前に、電信柱の影に押し込まれる。
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