第1章

4/15
前へ
/100ページ
次へ
 動揺の中どうにか電話を終えると、俺は即座に未だ生まれたままの姿の男を睨み付けた。 「全裸で事務所に出てくるとか、ありえないでしょうが」 「お前が早くっつったんだろうが。だから服着る暇も惜しんでだなぁ」  ボサボサの頭、顎に浮いた無精髭。起き抜けの気怠げな雰囲気で、全裸男、椹木秋介が頭を掻く。そして、あろうことか椹木さんはそのままの格好で部屋の隅の簡易キッチンに向かい、コーヒーを飲もうとする。 「パンツくらい穿け!」 「あー、うるせぇ、うるせぇ」  俺の言うことなど意に介さず、椹木さんはシンク横のケトルに手を伸ばす。 「あー、もう。コーヒーは俺が淹れますから、椹木さんは服着てきてください」 「なんだよ、そんなに俺の裸体が眩しいってか?」 「そんなこと言ってません」 「そりゃ悪かったなぁ。四十路前の魅惑的なボディと立派なイチモツは、ちょーっと刺激が強かったか? 童貞くんには」  そう言って椹木さんは身体ごとこちらを向くが、前を隠す素振りは一切ない。 「自分で言ってて恥ずかしくないですか? ……あと、童貞って言うな!」  俺の反応に椹木さんが豪快に笑う。こうしてからかわれるのも、会話が噛み合わないのもいつものことだ。かといって慣れるものでもなく、その都度憤慨しているわけだ。 「わかったよ。ちゃんと服着てくるから、コーヒー頼むな。深見が淹れた方が美味いから」 「そんなの誰が淹れても一緒ですよ」 「ンなことねえよ。いつもサンキュな」 「それは別に……仕事ですから」  椹木さんは目を眇めると、大きな手のひらで俺の頭をポンと撫でる。俺はそれに一瞬息を詰めた。これは椹木さんのクセなのか、度々される。イヤだ、と拒否するほどでもないが、子供にするような仕草に多少の苛立ちと居心地の悪さを覚える。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

852人が本棚に入れています
本棚に追加