第3章

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「いや、だっ……ゃ」  その濡れた感触に。舌を這わす仕草から醸し出る男の色気に。身体が震えて止まらない。 「かわいー声」  からかいの声にかぶりを振る。 「ふざけんなっ……やだっ」  じたばたと暴れてみるが、いとも簡単に押さえ込まれてしまう。 「白状したらやめてやるよ。……どんなこと想像したんだ?」 「してない……っ、してな……っ」  全力で否定しても椹木さんはやめてくれない。それどころか、状況はさらにエスカレートする。俺の足をそっと床に下ろすと、椹木さんは立ち上がり、俺を閉じ込めるようにソファの背もたれに両手をついた。 「ほんとうか? 怪しいもんだな」  意外と端正な顔立ちが至近距離に迫って、呼吸ごと動きを止めた。 「なんだったら……さっきの続き、するか?」  さっき。途端に数時間前のアレやコレやを思い出して、ぶわっと汗が噴き出た。さらに椹木さんの顔が近づくと……俺の唇がひとりでに震え出した。 「深見?」 「……か、からかうなよ……こわ、い」  何かを取り繕う余裕もなく、本音がこぼれてしまった。なんというかもうキャパオーバーだった。自分が知らない未知の行為も、知らない男の顔をした椹木さんも怖い。クラクラするような熱を、どう扱えばいいのかもわからない。  あんなキスだってしたことがなかった。いや、キス自体したことはないが。椹木さんにとっては仕事でも、悪ノリでも、冗談でも、俺にとってはそうではない。年齢や経験の差を突きつけられているようで情けない気もするし、あんなことを平然とできる男がわからなくて怖かった。 「悪い。冗談が過ぎた」  椹木さんはハッとしたような表情をして、少し焦ったように俺から距離を取った。俺は震えを抑えるように、右手で左の二の腕をぎゅっと掴む。 「セクハラどころの話じゃねえわな。すまん」  椹木さんは苦笑して頭を掻くと、再び俺の前に屈んだ。もう一度足を取られて、反射的に身体を竦ませると、「消毒して、絆創膏貼るだけだから。もう何もしねえから怯えんな」と柔らかい声がした。そう言われたのに、治療を施される間も震えが止まらなかった。もう椹木さんに触れられているだけで怖かった。……自分が自分ではなくなりそうな気がして。
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