第1章

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 椹木さんは日常的に俺をからかうけど、その引き際は毎回スマートだ。基本ガサツなくせに、さり気ない気配りも欠かさない。この人のそういう部分を見る度に、十七歳も上の大人の男なのだと実感する。……ヒジョーに不本意ながら。そして、奥の部屋へと向かう裸体の後ろ姿は、自己申告通り引き締まっていて男の色香というものを感じる。背も高く、剣道の有段者であるからか姿勢もいい。百七十そこそこでひょろひょろの自分とは大違いだ。……ついでに言えば腹が立つことにアソコもでかいときている。調子づくのが目に見えているので、本人には決して言わないけど。  俺、深見渉がこの【サワラギ探偵事務所】でバイトをするようになって三ヶ月が過ぎる。本業は都内にある大学の経済学部の三年だ。実家暮らしの上、遊び感覚で始めた株投資でそれなりの利益を得ているので、正直お金には困っていない。それなのにどうしてこの事務所でバイトしているのかは、説明すると長くなってしまう。が、一つだけ言っておきたいのは、働いているのは自分の意思ではないということ。やむをえぬ事情があり仕方なく勤めている。端的に言えば俺はあの男にある弱みを握られているのだ。  ビルのワンフロアを借り切って、といえば聞こえはいいが、建物は古いし広くもない。事務所として使用している部屋は十二畳程の広さだが、作り付けの簡易シンクがあり、そこに小型の冷蔵庫、来客用の応接ソファ、椹木さん用のデスク、壁際に書類を保管する棚を置いてしまえばなんとも狭ぜましい雰囲気だった。その上に俺用にと、椹木さんが知り合いのリサイクル業者から安く仕入れてきたという事務机を運び入れて、部屋の圧迫感を更に増幅させた。事務所の奥にもう一部屋あるが、そこは椹木さんの居住スペースになっている。入ったことはないが、たまにちらりと見える中は、なんともひどい有様だ。
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