第4章

1/13
前へ
/100ページ
次へ

第4章

 結局、対象者の山本博紀と会っていたのは、あの地の利を活かして、出勤前の水商売の女性をターゲットにしたヘアセットスペースとネイルサロンを開業しようとしていた女性実業家だった。彼女が対象者の店舗を初めて訪れたのはつい先日、奥さんである美幸さんが依頼に来た辺りのことらしく、彼女と対象者が不倫関係である可能性はほぼゼロに等しかった。調査日二日目も、対象者は誰にも会わずに帰宅した。残業をし、自宅最寄り駅にある本屋に立ち寄っただけ。  調査最終日となる三日目の金曜日だけはいつもと違う行動に出た。一時間ほど残業をし、店を出ると駅裏のネオン街に向かう。そのあとを椹木さんと二人で追った。変装の印象は日によって変えていた。椹木さんはスーツや髪型を変え、今日に至っては眼鏡を掛けている。今日の俺はウェーブのかかった黒髪ロング。例によって体型をごまかすために胸元にフリルがあしらわれたシャツに、白いロングスカート。足元はヒールのないぺたんこのサンダル。これは調査二日目に椹木さんが用意してくれたものだった。『そこの商店街で千五百円で買ったやつ』らしい。シンプルで歩きやすく、サイズもピッタリだった。椹木さんの気遣いは嬉しかったけど、これでもう腕に掴まる必要がなくなってしまった。  調査初日のあの夜以来、椹木さんとは微妙な空気になってしまった……と思う。俺が意識しすぎてるだけなのかもしれないけど。  あの夜は帰宅してもなかなか寝付けなかった。目を閉じても、見慣れない椹木さんの表情だとか声だとか、感触なんかを思い出してしまい、落ち着かなくなる。挙句そんな自分にイライラしてきて、さらにはガチでビビったところを見せてしまったことも恥ずかしくて、セクハラオヤジへの恨み言を連ねている間に朝になった。翌日顔を合わせるのも気まずかったけど、気にしている素振りを見せるのは癪で、平静を装った。それでもどこかぎこちないのが自分でもわかった。以前の距離感が思い出せず、向こうは向こうで俺のビビリ具合に反省したのか、いつも通りだけど、なんとなく気遣われている気がした。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

852人が本棚に入れています
本棚に追加