第4章

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 山本は二杯飲むと店を出て、まっすぐに自宅へ向かった。俺たちはそれを見届けてから、帰路についた。閑静な住宅街を二人で歩く。 「浮気は……してませんでしたね」 「そうだな。とりあえず今回の調査ではシロだ」 「それってもっと調べれば可能性はあるってことですか?」  バーでの会話を聞いて、俺は山本博紀は不倫をするような人間ではないと思った。椹木さんはそうではないのだろうか? 「ゼロ、ではない」 「そんな、どうして……」 「人の心ってのは移ろいやすい。人は人を裏切るし、自分をも裏切る」  まっすぐに前を見据えたまま椹木さんはそう言った。 「いい人だって魔が差すことも道を踏み外すこともある。この世に完全な聖人君子は存在しない」  きっぱりそう言い切った椹木さんは、いつもの情に厚い男と同一人物とは思えなかった。学生の自分とは違う、色んな物事や人間を見てきた大人の男。なんだか急激に遠く感じて……寂しいような感じがした。どうやらそれが無意識に表情に出ていたらしい。椹木さんが俺の顔を覗き込んでくる。 「ンな顔すんなって。ピュアな青少年の心をオッサンの価値観で汚すつもりはねえよ。要は調査においては固定観念や先入観を捨てろってことだ」  ふと、椹木さんが右手を上げかけた気配がした。だから俺も、いつものように頭を撫でられるというか、ぐしゃぐしゃにされるのだと思った。だけど椹木さんはすぐに腕を引っ込めて、何事もなかったように「腹減ったな」と笑った。そのことに違和感と物足りなさを覚える。さっき感じた寂しさが、また強く滲んだ気がした。
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